2009年5月
2009/05/31
2009/05/30
2009/05/29
2009/05/28
ユキノシタの花
わが庭には葉と花の感じが明らかに違う2種類がそれぞれ離れたところで自生している。
植えた覚えはなくいつの間にか軒下の日当たりのよくないところで花を着けている。
水分を浴びる石垣のようなところが生育場所のようで私の庭は乾燥気味で逞しい繁殖力はない。
ダイモンジソウも同じ仲間でよく似た星のような小さな花を着けている。
私が小さな頃、井戸の中は石積で土止めがされ深く底の見えない暗がりから這い上がるように、そこに咲いていたのを思い出す。
その葉の下にはイモリがいて、子どもには恐ろしい場所だった。
いるはずもないが根元に赤い腹をしたイモリが、今もまだいるのではないかと思うことがある。
そして、友川かずきが歌うこの歌を思い出しました。
どこからともなく中原中也が出てきたような、不思議な井戸の歌。
葉は薬草として使っていた。傷に貼り付けたり、中耳炎のときは汁を耳に流し込まれたりしたが、それで傷を癒し成長したのだから薬効はあるのかもしれない。
葉をてんぷらにするとおいしいのも確か。
2009/05/26
2009/05/25
西島三重子の声がラジオから
きょうは粘土造りが一日中。
定番作品とは少し離れた注文をもらったのでそれへの粘土合わせがおもな作業だ。
しかし、たいした量ではないが時間がかかった。二種類の細かい配合のものを造った。
ラジオを聴きながらで、若々しく艶のある声が聞こえてきた。
大好きな西島三重子。
なにを隠そう、私は1976年「池上線」以来、後援会こそ入っていないがファンです。
当時窓からは海しか見えない工房で、くる日もくる日もロクロを挽いていた。
その時ラジオから流れたこの歌を聞き、都会の雑踏と女性を想った。
後日ここに暮らすようになりいちばんに彼女のコンサートに行った。
ドーナツ盤レコードの写真の彼女は若く美しい。
歌のイメージにピタリの人だと思う。
だが、私は彼女の歌う「千登勢橋」がもっと好きです。
ラジオから流れる彼女の話に想いをめぐらししている頃に、日本海を挟んだ隣国で核実験が行われていた。
米国も大統領が替わり核廃絶の流れ向かうのかと思っていたが核兵器の拡散のほうにじわりと進む。
思うにものごころついた少年の日から今日まで核兵器、原発問題やさらに身近で経験した被曝事故など、このことに関しては、まさに戦後の申し子のような人生だった。
あまりにも原子力というのが身近になり、それから逃れられない社会に生きているのが現実のようです。
2009/05/24
映画「おくりびと」を観る
近くの公民館で上映されたので出かける。
きょうは3回やり一番早い11時からのを観た。
あまりにも有名な映画となり、近所での上映会なので出かけないわけには行かない。
死と新たな生、連綿と途切れることはない。
そんなことが話の中に織り込まれていたと思う。
時々画面で背後に映る山は月山なのだろうか。
赤子をとりあげる人がいて、生の火の尽きるのを見届け送る人がいて私たちはすべて終えることができる。
ありがたいことに先人たちが長い間に生から死への確実な道筋をつくってくれてた。
2009/05/23
2009/05/22
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2009/05/19
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2009/05/17
2009/05/16
2009/05/15
ツクバネウツギ
白い花をもう少し。
移植を余儀なくされ昨年の花は少なかったが今年はよみがえる。
ウツギの花はいろいろあるがこれは好きな花です。

昨夜も今朝も、そして今夜も寒い。
午前中は陽射しの当たるところでの作業が心地よい。
真夏のような日が続いたり、暖房の必要な夜となったり疲れた心身には堪える。
ろくろ挽きで夜となりました。
今夜は頂きものだが、越中立山の麓でできた日本酒を久し振りに呑んだ。
夕食は私が作り日本酒に合うものを工夫したが、ミョウガの新芽に古い手造り味噌をつけて食べたのが、一番おいしかった。
ミョウガは夏の花芽もいいが私は今の時期の新芽が好きです。
ミョウガタケなどといい酒のみにはご馳走だった。
2009/05/14
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2009/05/07
2009/05/06
フジの花

林を見上げると滝のような藤が咲いている。
しかしこれが旺盛なのは山が放置されてる証。
花の風情と香りは大好きだが延々と雑木林をわがもの顔にはびこるのは手を入れて中断したい。
花札や着物の柄、家紋にもデザインされ古くからなじみの花だ。
藤のつく地名や人名はたくさんある。
昔からわれらとともに生きてきた身近の植物なのだ。
藤蔓はザルなどの工芸品の材料になる。
ジャングルで奇声を発しながら蔓にぶらさがり木から木へ飛び移るターザンを思い出すご同輩のいらっしゃると思うがその蔓のひとこと。
私の小さい頃には山仕事では縄の代わりにものを縛るのに使っていたが思い出される。
藤蔓ではないが蔓の利用法でもっとすごいのがつり橋のワイヤーのように使われたことだ。
観光資源として有名だが貴重な文化財ともなっている祖谷(いや)のかずら橋。
昔はこんなものが各地にあったのだろうか。
近在の田圃では連休中に田植えは終え、水面に藤の花が舞う。


































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