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2017/05/31

私の仕事はこの歴史の末裔でありたい

若き日の私は鹿児島市で純粋無垢なこころで陶技を学んだ。
その技術の彼方に強制的に連れてこられた朝鮮人陶工の苦難の歴史も学んだ。
といっても、連れてきたほうからの、資料や文献ばかりで、ひとつ信用できなかった。
私の人権感覚とはかなりはなれたものであった。
この記事を読んで、そんなことを思い出した。

東京新聞5月30日より
Toukou


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仕事」カテゴリの記事

コメント

こういう歴史があったこと、知りませんでした。
歴史というのは、語る側によって随分違いがあるものですね。
教えていただけて良かったです。

投稿: wind | 2017/06/02 20:40

windさん
理不尽なことへの悲しみと望郷の想いが九州の古陶作品には感じます。

投稿: 風 | 2017/06/02 23:02

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