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2018/06/28

約60年前の記録

母の遺品から出てきた一葉。
セピア色というのか懐かしい色のモノクロプリントで過ぎた時間を感じた。
裏には蒼いインクで昭和34年1月という書き込みがある。
60年近く前、私には母と当時同僚だった美しい女性しか判らない。
母が和裁を教えて、もうひとりの方が洋裁を職業訓練か花嫁修業か知らないが教えていた。
それも町役場の管理下にある青年学校と呼んでいた記憶がある。
徳島県の山間地域だが人はたくさんいたのだ。
昭和の40年近くなると人が消えるように都市部に職を求めていなくなってしまった。
昭和41年には閉校になり母は失職して、遍路宿を本格的に前進させたようだ。
Haha

まだまだふるさとで、若い人がにぎやかに家族とともに暮らしていた時代の記録のために。

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