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2020年7月

2020/07/31

やっと夏の青空が

昼前から天気はどんどん回復して久しぶりの青空になり太陽光を浴びることができた。

その心地よさを共有しているか大きなシマヘビが私の歩くべき庭で無防備でぐちゃぐちゃの姿で動く気配もなく、まさに日光浴中だった。それはお互いの気持ちよき時を尊重して私が迂回をした。

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空がまぶしい。

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夕方暗くなると、南の空には半月があった。月を見るのも久しぶり。

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2020/07/29

雨は続く

糠のような雨が終日。

かさまのうつわ商店 笠間市緊急経済対策事業 コロナ感染症対策に伴う笠間市補助金により運営されている。
                2020年6月29日(月)~8月30日(日)


上記のネットでの展示品が少し売れたので補充と、新規の作品の依頼もあり、事務所を構えている市内唯一のショッピングセンターに納品に行く。帰りはテナントが相次ぎ撤退してしまい、空間ばかりの中で頑張っている書店に立ち寄り、今読むべき本を2冊買うた。新刊書を手に取るのはこの上ない幸せ感があるが行く機会は少ない。並べられている書籍の傾向が貧弱なのと、わざわざ出向くのに時間を費やしたくなくて、本はネットの中での買い物になってしまう。

その後はひたすらカップ造り。

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2020/07/28

辻まことのことを

笠間・九条の会の会報への原稿の依頼に応じて書いた。数年前父の戦争とその後の私たち家族の関りを投稿した。私のこころに影を落とす人たちのことを見据えることは自分のこころの在りようを見極めることにもなることだとも思う。

以下はその原稿。

 

闇夜の水先案内人

 私は海の日を迎えるごとに年を重ねる。コロナ禍に地球規模で苦しむ現在の状況は昨年の夏には想像もつかないことだった。私も仕事と日常生活には相当な負担と不条理さへのストレスがある。そこから、きょうと同じようなあすがあるとは考えないことにした。一寸先は闇というのが生きものとしての人間の真の姿だと実感できた。そこで、闇の中への歩みだす勇気のよりどころは、経験という時間の記憶と、知的な想像力が不安を和らげてくれるものかもしれない。

 そんなことを思いながらの時、いわき市立草野心平記念文学館に行く機会を得た。高名な詩人で教科書でも習った。膨大な仕事の中に私が知りたく確かめたいのは、彼が主宰した同人誌「歴程」に集まる人々のこと、彼なくしては世に出なかった宮沢賢治との関り、本人が営んでいた居酒屋の顛末。この三点だが展示の説明は詳細でありがたかった。居酒屋は当時を再現したもので、改めて生活力の逞しさと文学者としての奥行きの深さに惹かれた。

 私は展示品の一枚の写真の前で動けなくなってしまった。満員の居酒屋でギターを抱えた辻まことを見つけた。昭和三十年ころ、草野心平の経営する「火の車」での情景だ。私は二十歳のころに「アルプ」という文芸誌で彼のエッセーにであい、毎号読み、そこで知った辻まことの著作を読み続けた。

 辻まこと(1913~1975)は自由人にて高等遊民という言葉は彼のためにある。画家、エッセーイスト、登山にイワナ釣りに狩猟、さらにはスキーの達人。ギタリストでシャンソンも唄った。学歴などはない。父親が日本初のダダイスト辻潤、母は伊藤野枝。

 彼の著書で初めて買った書籍は「虫類図譜」できれいな造本の画文集だった。切れ味のいい批評と皮肉で満たされている。今でも開くことがある。その他にもたくさんの山や自然のエッセーが続いた。「歴程」での文筆家としても読みごたえのある短編が多くある。その中に書かれている所を、若い私は彼の姿を求めて歩いた。

終戦直前に徴兵されて終戦から三年も捕虜となり帰還している。作品はそんな経歴よりもっと深いところでの絶望感がみえて凄みのなかに清明さがあり、興味が尽きない。

 若いころは金鉱石を探して東北や上信越の山々を歩き回っていた。生涯の山旅はこの延長であろうか。復員後、今でいうとイラストレーターから始まり、多忙な作家になってゆくが、アウトドアーの達人としては、その経験をもとにして自著に書かれている。つまりやることがすべて仕事となっているので、そのバランスは理想的な生き方だと思う。

 辻まことの運命というべき出自と作品の話は、長くなるので別の稿にして、自由人辻まことを画家として文筆家として受け入れた社会のことを少し考えたい。

 母親である伊藤野枝は関東大震災の直後に憲兵隊により虐殺されている。日露戦争で戦勝国となり、朝鮮併合をした大日本帝国が軍事国家としてアジア各地への侵略に踏み出しつつあるころで、それに異議を唱える社会主義者や無政府主義者の弾圧に大震災直後の混乱時を利用した卑劣な犯罪行為だ。豪雨に大地震、火山の噴火さらには蔓延する感染症と続く現在、一つの歴史的な経験として忘れてはならないことだと思う。

 彼が権威の極北で絵を描き、文を書いた時代は戦後民主主義の揺籃期でもあった。憲法において戦争放棄、基本的人権の尊重、表現の自由などが明記されて、私はそれの下に教育を受けた。私は学習したことに忠実に生きているつもりだ。ただ、とても息苦しさを感じる。それは、基本的に侵されてはならない憲法すら権力に解釈変更されて揺籃期の健全な理想が死に瀕しているとしか思えないことが起きているからだ。

 行きたい山に行き、書きたいことを書いた辻まこと。その人が私の水先案内人。

 余談、辻まことの墓は福島県双葉郡川内村「長福寺」にある。大きなモミの木の下にあり石集めが好きな草野心平が見つけた自然石で、墓碑銘も彼の筆になる。川内村は原発事故にて全村民避難を余儀なくされたところでもある。

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2020/07/27

ミョウガの花

まだまだ梅雨明けの気配はなく、雨の日が続いている北関東。

いつの間にかミョウガの花の頃になった。黄色い花の前のプリプリを採らなくては。

あすはミョウガ摘みだ。たくさんあれば漬物にもしたい。卵とじにしても食べたい。

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2020/07/26

ヤマユリ窯

この時期は風の窯は止めてヤマユリ窯。

匂い優しい白百合の、、、という北上夜曲古いはやり歌の一節があるが、香りは強く花もかなり強い。

やっぱり藤圭子の白く咲くのはユリの花、、、か。

たくさんの株から花を着けた。

イノシシの食害から辛うじて生きながらえているわが庭のヤマユリ。

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2020/07/24

原稿書き

終日原稿を書いた。9条笠間の会の機関誌の原稿の作成。昨夕に続き、完成へはもう少しのところまで来ている。

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2020/07/22

「夢幻の山旅」を読む

1999年6月18日 中央公論社刊  西木正明著

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敬愛する自由人辻まことの生涯が小説として書かれている本だ。73年前の7月22日に生を受けた私は、その日の彼のこころを想った。年齢は私の父とそれほど変わらない。終戦直前に中国で日本国兵士として徴兵されて、敗戦によりアメリカ軍の捕虜となり戦後に帰国をしている。

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2020/07/21

ムクゲの花咲く庭で

木槿、こんな字があてられている。なぜか花からのイメージがあっているように思う。韓国の国花で、清らかな白磁のようなイメージの国なので、この花が咲くと朝鮮古陶磁器の本を開く。そして粉引の仕事に邁進したい気持ちになる。これから夏の間は咲き続ける。

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2020/07/20

ノウゼンカズラの咲く庭で

梅雨明けと夏日の予感のする日だった。真夏が似合いの花が咲いた。30年間、木は大きくもならず小さくもならずに毎年花をつけている。

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2020/07/19

ヤマユリの咲く庭で

久しぶりの青空。日照不足でどの植物も調子が悪そうだ。たくさんあるヤマユリも害虫に侵されて立ち枯れて花までこられなかったものが多くみられた。そして全草腐って枯れてしまったものが多い。生き残りの花々。夕方になると香りが部屋にも入ってくる。

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2020/07/18

サビタの花

はだ寒い一日だった。夏の花なのだが、霧雨の中に咲いていた。

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1955年ころの流行歌に「サビタの花」というものがある。

伊藤久男という歌手がすごい歌唱力でロマンティックに歌い上げているのを聴いたことがある。さらに当時のベストセラー小説、原田康子の「挽歌」を読めば決定的に北海道に憧れるであろう。そんな花なのだ。
大倉芳郎作詩 原 六朗作曲・編曲 伊藤久男の北海道をテーマにした歌のひとつ。ほかにはイヨマンテの夜、オロチョンの火祭、摩周の湖、サロマ湖の歌、ノサップ岬に立ちて、などの北国のロマンあふれるものばかりで、四国の山ばかり見ていた少年の私にはあまりに遠い北の世界の歌だった。生地の山にもノリウツギの花は咲いていたが、サビタの花が同じものとは知らなかった。

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2020/07/16

さらに浅川マキに想いを

7月14日と15日の東京新聞より。

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背後から浅川マキを見続けたバックバンドのドラマーのつのだ☆ひろの浅川マキへの想いがほとばしるエッセーだった。

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2020/07/15

夏の収穫

雨と曇り空が続き、太陽には当たらないが毎日こんな立派なキュウリが収穫できる。

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決してよくない地球温暖化の余得かもしれないが、アシタバが庭で冬を越して立派な葉を広げている。これも野菜としていただいている。

暑くてもいいからじりじりと照りつける燃える太陽が恋しい。

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2020/07/14

粉引の器その発想と作り方

株式会社 誠文堂新光社 刊 

2020年7月22日 発行

陶工房編集部 著

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私の粉引の器と若干の制作工程が掲載されている。

1月に取材があり今月末には刊行となり、出来上がった本が送られてきた。取材では私の話は蛇足と脱線が多いので、まとめるべき編集作業が大変だったと思う。それが原因かどうかは判らないが誤字も2か所ほどあるが、読者の方の明晰な想像力の範囲で内容をご理解いただきたい。

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発行日の7月22日は私の誕生日でもある。今更誕生日などどうでもよいのだが、いい偶然なのでこれを機会に、さらに美しい器づくりを考えろという戒めとしたい。

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2020/07/12

浅川マキのことが

東京新聞の「この道」というコラムから。もう2か月以上この執筆者はドラマーで音楽家のつのだ☆ひろで毎日楽しみに読んでいた。いつになったら浅川マキのことが出てくるのか待ち遠しかった。やっと書いてくれた。

昨日11日に続き本日の紙面にも掲載された。浅川マキは公演先で客死して、もう何年になるだろうか。

私も浅川マキもバンドの面々も若いころ、1968年だったと思う。明治大学の学園祭だから11月初めの頃だ。まだキャンパスも封鎖されてはいなかったが、お茶の水の街そのものが騒然とていた。デモ隊と機動隊との武闘が日々ではあった。その中にいても私を成長させてくれる文化的な催しも多くあった。私の教室は街頭であったと、これは誇りをもって言える。反権威のアイドルとして彼女の唄を聴いていた。その日は幸せなことに彼女の唾液のかかるようなところで聴いていたのを思いだす。彼らのバンドをバックに憧れの女王浅川マキ。そのコンサートではつのだ☆ひろも唄っていた。

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東京新聞 7月11日 12日より。

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2020/07/11

辻まことの墓参り

先週、草野心平記念館を訪ねた時に、辻まことの墓がいわき市の隣の川内村は長福寺にあることを知った。その時は時間がなかったので、きょう行ってきた。阿武隈山地の高地にあるきれいな村だった。大震災の原発事故の時には避難せざるをえない地域で、そんなことも想いながら景色を見た。

憧れのあるがままに生きた生き方の達人、限りなく知りたい屈折した彼の感性の深い底。草野心平が主宰した同人誌「歴程」の同人で詩やエッセーを書き画家としての評価は高い。登山と山スキーの達人。銃器を持ち狩猟もする。巷の酒場ではギターを弾きシャンソンを唄った。

彼の父は辻潤、母は伊藤野枝。もうそれだけで、どれだけの運命の人であったかは解るはずだ。大きなモミの木の根元にある墓石をそっと撫でさせてもらった。50年前からの想いを込めて。

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近くに酒屋があったので、清酒を捧げた。墓碑銘は草野心平の筆になる。この墓は娘の直生さんが建てられたそうだが、彼女も亡くなり3年になることを住職がおっしゃっていた。

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お寺の庭にある石碑は辻まことからの手紙文を石彫にしたものだそうだ。

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2020/07/10

開催はできるのだろうか

笠間焼協同組合から開催の情報はもらったが、昨今の新型コロナウイルスの感染者数が増えてきて、このままでは開催ができるかどうかは不透明な状況になってきた。

準備だけは坦々と進めたい。

第39回「笠間の陶炎祭」
   会期  2020年10月8日(木)~10月12日(月) 9時~17時
   会場 笠間芸術の森公園イベント広場  茨城県笠間市

 

さらに、オンラインショップ「かさまのうつわ商店」の案内。

これは笠間市緊急経済対策事業として、コロナ感染症対策に伴う笠間市補助金により笠間焼協同組合で運営されている。

期間は限定で2020年6月29日(月)~8月30日(日)です。

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2020/07/09

高齢者講習

自動車免許証の更新手続きの頃になった。自動車なしでの生活と仕事はできないので、これは重要な作業となる。

きのうは午後1時過ぎから4時まで高齢者講習に一番近いと思える自動車教習所に行った。視力などの検査と講義と教習コースに出ての実際の運転までで、あまりの長さにもう少し工夫はないものかと思う。

そこでもらった書類を携えて、きょうは朝から所管の警察署に行き免許証の書き換え手続きをした。これは短時間で新たな免許証がもらえた。

いよいよここまで来たかという気持ちもあるが、隣の席のご婦人ともお友達になれて楽しい講習会でもあった。しかし、案内を読んでいると次の書き換えは3年後だが、その時は臨時認知機能検査も加わりさらに自動車免許証の維持のハードルは高くなる。

こんなテキストが配られていた。

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2020/07/06

草野心平記念文学館

昨日は所用もあり少し遠方だが福島県いわき市に行く。これを機会に心平さんの足跡の勉強と二十年は逢っていない友の工房も訪ねた。早朝5時から帰宅が午後7時と充実した一日だった。

草野心平の交遊範囲を詳細に見てゆくと2時間かかってしまった。高村光太郎と宮沢賢治をはじめ興味は尽きない。ここでも辻まことに出会った。心平さんが経営する居酒屋でギターを弾く辻まことの写りこんだ写真が展示品の中にあり私はしばらくその場から動けなかった。ひょっとしたら彼のお墓と心平さんのお墓はそこから近いお寺にあるようなので、そうだったら今度は辻まことの墓参りに来たい。

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2020/07/04

今夜も藤圭子

晩飯を食いながらたまたまかかっていたテレビには藤圭子が。

彼女の特集らしく、長い時間、衝撃的な出現から10年後引退までのが延々と流されていて私には幸せな時間だった。その後も歌い続けていたのだが、私はその後も好きだ。おびただしい他の歌手の曲をカバーしている。その中でも、「カスバの女」や「ネリカンブルース」などは彼女についていきたいような、衝動的な願望にかられる。

藤圭子には清らかな血のような赤いケシの花を捧げたい。来月は命日。

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2020/07/03

梅雨に咲く花

漢字で書くと銀梅花(ギンバイカ)、銀糸梅(ギンシバイ)と呼ばれているがどちらとも特徴がはっきり言い当てられているので、どちらでもいいのだが、わが庭に咲くこの花を連れ合いにはマートルの花と呼ばないと不機嫌に訂正されてしまう。

原産地は遠い地中海のほとりのようで香木としての価値があるようだ。湿潤なこの地で、さらにはこの時期に開花するのが痛ましいような花だ。清純な少女たちのような花。

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2020/07/02

チタケザシの咲く庭

朝から青空で暑い一日だった。

ヒグラシの初鳴き。たった2回の鳴き声だったが確かに聞いた。夕空にはもうすぐ満月の月が鈍く赤みをたたえていた。

これから続く夏への花、チタケザシの花。

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2020/07/01

「アルプ」の時代

強い風の一日だった。晴耕雨読ではないが、昼休みにはこの本を読み続けた。7月になれば若い日に尾瀬のキャンプ場にアルバイトに行った思い出が記憶の彼方によみがえる。そのころ読んでいた「アルプ」という文芸誌。辻まことに憧れて、彼のコラムばかりを読んでいた。そして彼の歩いた奥鬼怒の山々へも行った。

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ヤマケイ文庫 山口耀久著 2019年7月1日初版

山の文芸誌「アルプ」は1958年から1983年まで25年間発刊された月刊誌で300号で終えた。著者は長く編集に携わっていた方で当時の執筆者たちへの詳細な観察と関りが語られていて興味は尽きなかった。

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