カテゴリー「書籍・雑誌」の記事
2010/01/06
2009/11/16
2009/11/03
林えいだいの著書を読む

秋の陽射しの下で読書が進む。
理不尽としかいいようのない事実が延々と綴られている。
太平洋戦争終戦直前に当時日本の支配下にあった朝鮮半島の若者を手薄な軍隊の穴埋めに徴兵して戦闘員としてソ連との戦いに投入した。
敗戦後には日本軍兵士として捕虜となりシベリアの収容所で何年もかの国のために強制労働に従事させられた記録だ。
当時日本人は民間人もたくさんの人が連行されてソ連の国家建設に強制的に従事させられた記録は多く、我々も眼にすることはあるが、日本の植民地政策の犠牲者の行く末が語られた書物は少ない。
裸で生まれてきた時点では、みな平等であるはずだが、生を受けた場所、育つ環境で人の運命は分かれてゆく。
国家という枠組み、民族という壁が過酷に個人に襲いかかる。
そんなことが痛切に感じられる。
反戦、人権尊重の書として読んだ。
2009/10/17
赤色エレジー
本日の朝日新聞土曜日特別版はー若さの不条理にささぐ あがた森魚「赤色エレジー」ーが特集記事だった。これを書いた記者のあがた森魚の歌に稲垣足穂の小説の世界の臭いを感じていたのが印象的だった。
これは同世代の記者の感性だろうか。
東京神田神保町の路地裏の喫茶店ラドリオの写真が載っていた。私が徘徊していた頃と何も変わっていない。
二十歳の頃の心のありかがそこにあるようで心は落ち着く。
この本は1971年3月20日青林堂刊。当時から私とともにある本だが、この本を忠実に歌の世界にしている。
今夜は歌を聞きながら桜吹雪の一ページを眺めている。来月は東京青梅市の青梅アートフェスティバルで、彼の歌をききたいと思っている。
2009/10/12
二十歳の原点序章

なぜここで。
この本は1969年まで生きた若き女性の日記が内容になっている。
彼女の死後、1971年に「二十歳の原点」として出版されこの言葉が流行語になるほどのベストセラーになった。
だが内容は重い。そして今の同世代の若者の言葉で言えば、暗い。学園紛争から始まる、全共闘の反体制活動家の心の記録として貴重な時代の証言でもある。
この本は17歳から19歳の終わりまでの日記を忠実に再現したものだ。
40年前貧乏な私は本屋を数店、ハシゴをして立ち読みでほぼ読み、その内容は断片的だが覚えている。
栃木県西那須野を通るときは彼女の少女時代に思いを馳せた。また、京都に行ったときにはこの街頭での闘争で彼女の心身はどれほど消耗していったのかと想うと悲しくなった。
本当に彼女とその時代を語ればきりがないが生きながらえていられれば私の一学年下のお年。
この本は一昨日フリマでたまたま見つけた、昭和49年6月20日新潮社刊の初版本だった。
自死して5年後に出版され、きれいな状態の本として、生き延び私のところに来た。
ここまで生きてながらえ、やっと彼女に出会ったようで懐かしさと照れくささもあるが、いっきにわが本として再読をした。
高校3年から大学2年までの心の記録だが、奥公平の「青春の墓標」に感動した少女が立命館大学の「部落研」への入部には当時を知る者としては無茶だと思う。
そんな厳しい政治的な生き方の選択が迫られるような時代であった。
私にも同じ年頃の娘がいるが、娘の日記を編集して出版できるだろうか。しかし、著者の記述は個人的なことを超え社会的なメッセージは十分にある内容で、残されたご家族の決断は大変なことだったと思う。
もしも、その時代に彼女がブログで書くことができたらどのようなものになっていたのだろうか。
これには少なからず興味がある。
日記はノートにきれいな字で綴られている。
2009/09/28
2009/09/16
2009/08/18
愛読書「風の事典」
960ページにもなり分厚い本だ。
この本の中身は全国各地に吹く季節ごとの風をそこで暮らす人々が生活と結びついた名で呼んでいた記録だ。
おびただしい数の風の呼び名が記載されている。
この書物に踏み込むと風ともに生きてきた先人の思慮の深さを感じる。
民俗学と気象科学の混在のようで私にはおもしろく、興味は尽きない。
最近気象予報士がよく使っている「やませ」なんていう言葉も、もとは北日本の限定的な風の呼び名。
私は四国育ちなので、「ニシカゼ」(北風)と「コチ」(東風)と「ウナミカゼ」(南風)。
言葉とともに吹いていた風の感じももよく覚えている。
風の呼び名は、職業として風に関った人(おもに漁師)たちが口伝で築き上げた壮大な風の分析と空気の質の感じ方のマニュアルといってもよい。
この本を読むと、方言の多様さはそれぞれの地での風の感じ方で出来上がったのではないかとさえ思う。
そうだ、風土なんていう言葉もあり、風景とそこに住む人の暮らしへの想像がひろがる。
2009/07/24
辻まことを想う

この本は1964年刊。私が手に入れたのは1968年ごろだと思う。
東京は九段下に近い版元芳賀書店で買うた。
限定1500部で976という番号が打たれているがそんなことはどうでもいい。
この本だけは手放せない。
辻まことが好き、それだけ。
私は若い頃、尾瀬や奥日光の山を歩き回ったのは彼の足跡を辿りたかったから、それに尽きる。
かっこいい人です。
知的野外生活の達人として敬愛している。
本当にかっこいいのだから。
辻潤と伊藤野枝の遺児として少年時代を生き延び、苦しみを昇華したような遊民の生きかたを教えてくれた。
当時一流の山スキーヤー。登山家。
画家。エッセイスト。ギタリスト。
そして、ハンター。
2009/07/18
白土三平著「野外手帳」

もう新刊書では購入することはできないかもしれないが私の愛読書を。
小学館ライブラリーとして15年前に刊行された本だ。
非常に質の高い野外生活用の指南書として手許においておくと役立つと思う。
また、読み物としては知的好奇心を満たす、民俗学の本といってもよい。
著者の経験に基づく記述には教えられることばかりだ。
この私にも素材は近くにもあり、味わいたいのだがどうしても手が出ないことがある。
イタドリの軸に巣食うイタドリ虫を炭火焼で食うこと。
何かのガの幼虫で形態はチョウやハエの幼虫とは変わらない。
ハチの子もそうだが味はともかく形態で、どうにも噛み砕く一線が越えられない。
イタドリ虫は大変美味で栄養価も高いそうだ。
本の中のこれは一例だが、基本的な野外生活のあり方が見えてくる。
最近の自宅のリビングをオートキャンプ場に持っていったようなアウトドアライフとは抜本的に違う。
その違いがわかり、自然を守り慈しむ生き方を教えてくれる本だと思う。
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